学生時代に学んだ知識を、日常臨床に活かすためのお役立ち連載を目指す「超臨床的専門用語辞典」。
第2回目は、カリオロジーやう蝕予防の説明時によく登場する「ステファンカーブ」です。
前回はこちら
基本の整理
1)そもそも「ステファンカーブ」って?
ステファンカーブと聞くと、きっと皆さんは次のようなグラフをイメージされると思います。
このグラフは、糖を摂取すると脱灰がはじまり、約40分程度で再石灰化してもとに戻ることを示しています。
実はこの図は、1943年にロバート・ステファン氏が行った、「プラーク中の酸産生菌の酸産生能」を評価した研究から引用されたものです。
この研究では、次の対象者に10%グルーコース液(ブドウ糖液)で2分間うがいをさせたあとのプラーク中のpH変動を観察しました。
- う蝕なし(n=5)
- 治療済みのう蝕あり(n=11)
- 軽度にう蝕あり(n=26)
- 中等度にう蝕あり(n=15)
- ほとんどすべての歯にう蝕あり(n=8)
結果は、どの群もプラーク中のpHがいったん低下して、40分程度の時間をかけてもとのpH付近に戻る、ということがわかりました。
私たちが見慣れているステファンカーブは、この研究結果において、もっともpHの低下が著しかった「中等度にう蝕あり」のグラフがピックアップされて改変されたもの。
糖を摂取すると、プラーク内のpHが一時的に「エナメル質の臨界pH(エナメル質が脱灰を開始するとされるpHで、一般的に5.5とされている)」を越え、時間をかけて最初のpH付近に戻った、という結果を示しています。
2)多くのことを教えてくれるステファンの研究結果
さて、上記のグラフをじっくり見てみると、いろいろなことをがわかります。
たとえば、「う蝕の有無」によってプラーク中のpHが異なっていて、う蝕経験がある人ほどスタート時のプラーク中のpHが低く、糖を摂取するとエナメル質臨界pHに近づきやすいことがわかります。
また、元のpHに戻るスピードも群によって異なり、「ほとんどすべての歯にう蝕あり」の群はゆっくり戻っていくように見えます。これらから、う蝕経験が多い患者ほどプラーク中の酸産生菌の「活動性が高い」可能性が示唆されます。
さらに、象牙質の臨界pH(6.0〜6.2)を基準に考えると、う蝕経験のない群であっても一時的に象牙質の臨界pHに近づいていることがわかります。
これは、たとえう蝕経験がない患者さんであっても、露出した根面にプラークが付着していたら要注意ということが想像できます。
ステファンカーブとDH臨床の関係
1)間違って使っていませんか?
きっと皆さんも当たり前のようにステファンカーブを用いて、う蝕予防の説明をされていることと思います。
では、そんな皆さんにクイズです。次の文章の間違いを見つけてみましょう。
食べ物を食べると、お口の中が酸性になって、歯が溶けるんです
説明口調はともかくとして、このようなセリフと一緒にステファンカーブをなぞりながら患者さんに説明されている方が多いように感じます。かくいう私も、新人時代はこのように説明していました。
しかしよく考えてみましょう。もしそのとおりならば、食事のたびにすべての歯が同じように溶けてしまうはずです。でも現実は、そんなことはありませんよね。
ここでもう一度、上記「基本の整理」を読み返してみましょう。酸性になるのは「口の中」ではなく、「プラークの中」です。
つまり正解は、「食べ物を食べると、プラークの中が酸性になって、プラークがついている歯の面が溶けるんです」といった表現が、正しい説明なのです。
2)ステファンカーブを正しく説明すると、う蝕予防の説明がしやすくなる
そうは言っても、患者さんには『口の中が酸性になる』って伝えたほうが効果的では?
−−そういった声も耳にします。たしかに、専門的なことをそのまま患者さんに伝えては、患者さんの理解は深まりません。
しかし、だからといって誤った情報を患者さんに提供するのは医療従事者としてNGです。
筆者は、正しい情報を、患者さんが理解しやすいように上手に組み合わせて伝えることが大事と考えています。
今回のステファンカーブであれば、ステファンカーブと脱灰・再石灰化の図を組み合わせて解説することで、プラークが付着している歯面ではどんなことが起こっているのかを具体的に説明できるでしょう。
ステファンカーブだけを見せるよりも、歯面上での脱灰・再石灰化のメカニズムと合わせて解説したほうが、飲食後にどんなことが起こっているのかイメージしやすくなります。
また、この図を用いて脱灰・再石灰化を説明しておけば、飲食回数が多いほど脱灰の頻度や時間が多くう蝕発症の可能性が高まることも理解しやすくなると思います。
プラークのついた歯面上での脱灰・再石灰化のイメージがついていれば、飲食回数が多いほどう蝕のリスクが高いことが理解しやすくなります。
なお、これらの説明時には、「プラークのついた歯面では」と何度も明確に伝えることがポイントです。
何度も伝えることで患者さんの中に「プラークが悪者」という認識ができ、日頃のプラークとの向き合いかた、すなわちプラークコントロールの説明がしやすくなるからです。
第2回のまとめ
今回は「ステファンカーブ」に焦点を当てて解説してきました。
う蝕予防の説明における基本中の基本のグラフですが、「プラーク中のpHの話である」ことを忘れてしまっている方も多いので、取り上げてみました。
上述したように、プラークのついた歯面上で起こる脱灰・再石灰化のメカニズムと合わせて説明することで、患者さんの理解もきっと深まることでしょう。
なお、今回は論点を明確にするため、う蝕原性菌や唾液、フッ化物については触れることなく解説しています。患者さんへの説明に際しては、これらをうまく盛り込みながら解説されることをおすすめします。
次回は「フッ化物配合歯磨剤」について解説します。
参考文献:
Stephan RM, Miller BF. A quantitative method for evaluating physical and chemical agents which modify production of acids in bacterial plaques on human teeth. J Dent Res 1943;22:45–51.
今日のアポイントから役立つ“超臨床的”専門用語辞典
#01「CEJ」
#02「ステファンカーブ」