訪問歯科の現場から vol.4 患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード

みなさん、こんにちは。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科で働きはじめ、6年ほどになります。

訪問歯科の現場では、今までの一般歯科で行っていたやり方がまったく通用しないことがたくさんあります。

前回の記事はこちら

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診察する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード

訪問の現場では、患者さんはもちろん、患者さんのご家族との関係もとても大切です。

ご家族の中には、「介護で来てくださる人とお話しすると息抜きになる!」と言う方も多いため、業務中にちょっとした時事ネタをお話しすることもあります。その中で、お茶をいただくこともあります。

その時間は私にとっても楽しいものなのですが、「患者さんやそのご家族と距離が近くなりすぎてしまうと良くない」というケースもあります。

今回は、患者さんとの距離感について考えさせられたエピソードについてお伝えしたいと思います。

お願い上手なご家族からの、さまざまなリクエスト

ご夫婦のみで暮らしていた、70〜80代女性のAさんを担当した時のことです。

Aさんのケアは、Aさんとほぼ同年齢で、あまり腰の調子が良くない旦那さんが行っていました。車いすへ移乗させる様子などを見ていると、「これは危なっかしいかな」とハラハラしてしまうような状態でした。

一方で、Aさんの旦那さんはとってもお願い上手な方

介護に訪れるさまざまなスタッフの方に、切れた電球を変えてもらったり、重めの荷物を運んでもらったりしているようでした。

家事を手伝うための方に頼むなら良いのですが、そういったサービスは利用していない様子で、その時介護で訪れた方に「ちょっとだけお願いしたいんだけど…」というように頼んでいる様子でした。

さすがに歯科衛生士という立場の私には頼みにくいようで、おそらく他の方よりは特別に何か行ったことは少なかったと思います。

しかし、旦那さんの「できるだけお金をかけず、夫婦二人で過ごしたい」という気持ちと、「できないところだけ、ちょっとお願いしたい」といった、悪意のない二つの気持ちが透けて見えていたため、私も業務外のことでも手伝ってしまうことが多々ありました。

勇気を出して、旦那さんからのお願いを断る

ある日の夕方、私が訪問すると、旦那さんが「Aさんのケアの前におむつを替える手伝いをしてほしい」と言いました。腰が痛く、朝からおむつを交換できていないということでした。

私はびっくりしましたが、病院歯科にいた時、車いすへの移乗や体を支えるような介助は行ったことがあり、できないことではありませんでした。

そのため、私がAさんの体を支える役目をし、旦那さんがおむつを交換しました。

しかしその時、「これは良くないな」と思いました。

断る勇気

Aさんの旦那さんがちょっとしたことをいろんな人にうまくお願いし、分担していることで、ケアマネージャーやその他のご家族は「二人っきりでもやれている」と思ってしまっているのでは?それは危険なことなのでは?と感じたのでした。

私は旦那さんに、今後はこういうお手伝いはできないこと、お二人で生活できていると周りが誤解してしまうのは危険だと感じることを、そのまま伝えてみました。

旦那さんはしばらく黙って聞いていましたが、「わかりました」とだけ言いました。

その後のAさん夫婦

一ヶ月ほど経った頃、歯科医院の事務所から、Aさんのホームへの入居が決まったことを知らされました。

私の言葉がきっかけになったかどうかはわかりませんが、正直とても複雑な心境でした。

歯科衛生士としては正しいことをしたのだろうし、骨折などの事故は未然に防げたのかもしれません。

でも、いろんな人が「そんな固いことを言わずにやりますよ」と助け合っている景色は気分の悪いものではありませんでした。

Aさんや旦那さんは、夫婦二人で過ごしていたかったという気持ちもあったと思います。

夫婦

お互いの立場など関係なくお手伝いし合えるのは、私個人の中では、決して不正解なことではなかったのでした。

今回は、歯科衛生士としての正解を選んでも、自身が納得できないこともあるという、なんとも言いがたいケースを経験することとなりました。

***

訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

むずかしく感じることもたくさんありますが、それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

訪問歯科の現場から

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
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