山田美穂先生の、今日のアポイントから役立つ“超臨床的”専門用語辞典 #03「フッ化物配合歯磨剤」

山田美穂先生の、今日のアポイントから役立つ“超臨床的”専門用語辞典 #02「ステファンカーブ」

学生時代に学んだ知識を、日常臨床に活かすためのお役立ち連載を目指す「超臨床的専門用語辞典」。

第3回目は、う蝕予防には欠かせない「フッ化物配合歯磨剤」です。

前回はこちら

#01「CEJ」
#02「ステファンカーブ」

基本の整理

1)そもそも「フッ化物」とは?

歯磨剤のCMやパッケージなどでは「フッ素」、歯科の論文やここdStyleなどでは「フッ化物」。

その違いについては学生時代にしっかり習っているはずですが、もう一度定義をきちんと確認しておきましょう。

「フッ素(fluorine)」は元素のことです。私たちが扱っている歯磨剤や歯面塗布剤に含まれているものはフッ化ナトリウム(NaF)などの無機化合物「フッ化物(fluoride)」です。

日常的な患者さんとの会話の中では「フッ素」という表現を使うことが多いかもしれませんが、これはあくまでも患者さんにシンプルに伝えるための「便宜上の表現」であることを認識しておきましょう。

ゆえに本稿では、正しく「フッ化物」で解説していきます。

2)フッ化物がう蝕予防に欠かせない理由

フッ化物は、萌出した歯の歯質を強化する唯一の薬物です。

次の図は、フッ化物のう蝕予防効果を示したものです。歯質に対しては再石灰化を促し、「歯質強化」すなわち歯を強くしてくれます。

強くなった歯は、前回のステファンカーブで解説したように、プラーク中が酸性になっても歯質が溶けにくいという性質があります。

またフッ化物には、プラーク内のう蝕原性菌にも働きかけ、「糖を食べて酸を出す」という代謝を抑える効果もあります。

いくら歯を磨いても、どんなに砂糖の摂取量を減らしても、「歯が強くなる」ことはありません。

しかし、フッ化物を適切に使用すれば、「歯を強くすることができる」。これが、う蝕予防にフッ化物が欠かせない理由なのです。

フッ化物のう蝕予防効果
フッ化物のう蝕予防効果

フッ化物が歯質強化を導くメカニズムについて、詳しく解説しましょう。

食事をすると、一般的にプラーク中のpHが下がって脱灰が起こり、リンやカルシウムが歯質から出ていきます。

そして食後、唾液の持つ緩衝作用により再石灰化し、時間はかかりますがもとに戻ります。

脱灰と再石灰化のメカニズム(イメージ図)
脱灰と再石灰化のメカニズム(イメージ図)

この時、口腔内(唾液中)にフッ化物イオンが存在していると、再石灰化の際に唾液中のリンやカルシウムの吸収率を上げ、再石灰化を助けてくれます。

つまり、出ていった量よりも多くの硬い成分が戻ってくるのです。

フッ化物イオンが存在することで、リンやカルシウムの吸収率が上がる(イメージ図)
フッ化物イオンが存在することで、リンやカルシウムの吸収率が上がる(イメージ図)

このメカニズムによって強くなった歯は、次に脱灰が起こるときに、前回よりも溶けにくくなっています。

そしてこれを繰り返していくことで、歯質が徐々に強くなっていくのです。

3)歯磨剤に含まれているフッ化物

みなさんもご存じのとおり、日本の歯磨剤に含まれているフッ化物には

  • フッ化ナトリウム(NaF)
  • モノフルオロリン酸ナトリウム(MFP)
  • フッ化第一スズ(SnF2

があります。

剤形はペースト、ジェル、フォームの3種類があり、濃度も500ppm、950ppm、1,450ppmの3種類で提供されています。

歯磨剤に含まれるフッ化物とフッ化物イオン濃度
歯磨剤に含まれるフッ化物とフッ化物イオン濃度

なお、う蝕の少ない国として有名なスウェーデンでは、5,000ppmものフッ化物イオンが配合された歯磨剤を薬局で購入することが可能です。

日本では2017年3月にフッ化物イオン濃度の上限が1,500ppmまで引き上げられましたが、それでもまだまだ低く感じます。

反対に、「……ていうか、5,000ppmって大丈夫なの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

海外で販売されている歯磨剤には「対象年齢」が記されていることが多く、使用量についても「目安」が記載されています。つまり「使用する量を調整して」安全性を確保しているようです。

フッ化物配合歯磨剤とDH臨床の関係

フッ化物配合歯磨剤について、皆さんは患者さんとどんな会話をされていますか?

DH「歯磨きのとき、フッ素入りの歯磨き粉は使われていますか?」
患者さん「あ〜、使っていますよ。」
DH「その歯磨き粉には1,450ppmって書いてあります?」
患者さん「たしかそう書いてあったかな。CMでやってるやつだよ。」
DH「それでしたら、それを続けて使用してくださいね」

フッ化物配合歯磨剤を使っているかどうか、そしてフッ化物イオン濃度が高いものを使用しているかを確認しているのでGood Job!のように見えますが、これだけでは不十分です。

ここからは、フッ化物配合歯磨剤に十分なう蝕予防効果を発揮させるためのポイントをご紹介します。

この会話のどこが不十分なのか、きっとご理解いただけると思います。

1)用量・用法を意識する(意識させる)

頭が痛いときや風邪を引いたときなど、薬を飲むことがありますよね。

その際、パッケージや添付文書の「用量・用法」を確認して、指示どおりに服用されていることと思います。

しかしフッ化物配合歯磨剤については、それほど「用量・用法」を意識していない人が多いように感じます。

フッ化物配合歯磨剤は、いわば「う蝕予防薬」です。当然ながら、正しい用量・用法があります。

患者さんへの説明や会話時は、用量・用法を意識しながら(意識させながら)臨むことが大切です。

たとえば皆さんは、日本におけるフッ化物配合歯磨剤の年齢別応用量と注意事項について、患者さんに説明していますか?

安全性を確保するだけでなく、十分に効果を発揮させるためにはとても大切な「用量」に関する情報なので、かならず伝えるようにしましょう。

日本におけるフッ化物配合歯磨剤の年齢別応用量
日本におけるフッ化物配合歯磨剤の年齢別応用量

用法については、教科書に掲載されている「フッ化物配合歯磨剤の使い方」が基本です。

スウェーデンで推奨されている「イエテボリ法」や、近年話題の「2+2+2+2テクニック」を紹介するのもいいでしょう。

教科書に記載されているフッ化物配合歯磨剤の使い方
教科書に記載されているフッ化物配合歯磨剤の使い方
スウェーデンで推奨されているイエテボリ法(成人の場合。参考文献1より引用改変)
スウェーデンで推奨されているイエテボリ法(成人の場合/参考文献1より引用改変)
2+2+2+2テクニック(成人の場合)。
2+2+2+2テクニック(成人の場合)

ここまでの解説はおもに教科書に掲載されていることです。

しかし、上述した会話例にこのエッセンスを加えるだけで、患者さんはこれまでよりも、フッ化物配合歯磨剤の効果を発揮させることができるようになるかもしれません。

「使用しているかどうかの確認」だけでなく「どのように使用すると効果的か」を加えることが大事なのです。

最近(2020年)、フッ化物配合歯磨剤の使い方について、とても興味深い研究が発表されました。

研究では、フッ化物イオン濃度1,500ppmの歯磨剤を、次の8通りの組み合わせで使用しました。

  • 使用量:1cm or 2cm
  • ブラッシング時間:1分 or 2分
  • すすぎの水の量:10mL or 20mL

そして、歯間部唾液に残るフッ化物イオン濃度を60分間に渡って調べたところ、「2cmの歯磨剤で2分間ブラッシングし、10mLの水ですすいだ場合」がもっとも高い濃度を保ったそうです1)

ッ化物配合歯磨剤の使用量・ブラッシング時間・すすぎの水の量の組み合わせ別・歯間部唾液フッ化物イオン濃度の変化(参考文献2より引用改変)
フッ化物配合歯磨剤の使用量・ブラッシング時間・すすぎの水の量の組み合わせ別・歯間部唾液フッ化物イオン濃度の変化(参考文献2より引用改変)

説明に際しては、こういったエビデンスを紹介すると、患者さんの行動変容につながることもあります。

上記グラフは効果の差をわかりやすく示しているので、患者さんの使い方と比較しながら説明すると効果的かもしれません。

2)「プラークコントロール」も忘れずに

さて、ここまでの解説で「フッ化物配合歯磨剤の効果的な使い方」がご理解いただけたかと思いますが、ここで見落としがちなことがひとつあります。

上述した「用法」すなわち「使い方」は、あくまでも「う蝕予防のために口腔内にフッ化物を残す」ことが目的で、「プラークを落とす」こととは別の話ということです。

「歯磨き」には

  1. 歯肉炎や歯周炎、う蝕の原因となるプラークを除去する
  2. う蝕予防のためにフッ化物を口腔内に残す

という2つの目的があり、ここで解説している内容は②についてです。

上述した2〜3分間のブラッシングでは、プラークを落としきれない患者さんもいるでしょうし、「すすぎが少なすぎて汚く感じる」という患者さんもいるかもしれません。

フッ化物の効果をより期待するならば「プラークが除去されている状態で実施する」ことも大事です。

つまり日常臨床では、「歯磨きの目的」について患者さんに理解してもらい、それぞれを両立させる方法を一緒に考えることがもっとも重要なのです。

より積極的にう蝕予防に取り組んだほうがよい患者さんであれば、たとえば「2回歯磨きを行い、1回目では徹底的にプラークを除去して、2回目で2+2+2+2テクニックを実践する」という方法が有効かもしれません。

2回歯磨きを行うことが難しい場合は、最後にフッ化物洗口をプラスするという方法もあります。

上記の会話例も、患者さんのプラークの付着状況やプラークコントロールのスキルなどを加味した上で、フッ化物配合歯磨剤の効果的な使い方を説明できるようになれば、より意義のある会話になるでしょう。

第3回のまとめ

今回は「フッ化物配合歯磨剤」について解説しました。

最後に、フッ化物配合歯磨剤の効果を発揮する究極的な方法があるのでご紹介します。

よく海外ドラマなどで見かける、「口の周りを泡だらけにしながら大きな歯ブラシでゴシゴシ磨いて、ペッ!と泡を吐き出し、口の周りの泡をタオルでパッと拭き取って終わり!」という方法です。

海外ドラマ好きな患者さんであれば「あるある〜」となりますが、これを実践するのはなかなか難しいでしょう(私には無理です笑)。

海外ドラマでよく見かける究極的なフッ化物配合歯磨剤の使い方
海外ドラマでよく見かける究極的なフッ化物配合歯磨剤の使い方

フッ化物配合歯磨剤は、身近にある優れたう蝕予防薬です。

身近にあるからこそ、効果を引き出す上手な使い方を患者さんに伝えることが大切です。

今日の患者さんとの会話に、ぜひプラスしてみましょう。

次回は「プラーク」を解説します。

参考文献:
1)日本口腔衛生学会フッ化物応用委員会(編). う蝕予防の実際.フッ化物局所応用実践マニュアル.東京:社会保険研究所,2017:157.
2)Ishizuka Y, Lehrkinder A, Nordström A, Lingström P. Effect of Different Toothbrushing Routines on Interproximal Fluoride Concentration. Caries Res 2020;54(4):343-349.

今日のアポイントから役立つ“超臨床的”専門用語辞典

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