こんにちは。歯科衛生士の古家と申します。
この連載では、患者さんのタイプに合わせたコミュニケーション方法として、行動心理学などを用いたアプローチについてお話しします。
知人との会話で「歯科で働いている」と話すと、驚かれたことがある方はいませんか?
「歯医者さんは怖いもの」というイメージをもっている方は案外多く、子どもだけでなく大人であっても歯科治療が苦手だという方は多いように思います。
今回はこのような「歯科治療に対して恐怖心がある患者さん」に対して、どのようなコミュニケーションをとることが望ましいのかを考えていこうと思います。
恐怖心ってなんだろう?
「怖い」「不安」という気持ちさえなければ、日常生活において悩むことがなく楽なのに…と思いませんか?
大勢の前で話すときや初めて会った人と話すときは、緊張して胸がドキドキしたり、手汗をかいたりしますよね。
一見ネガティブなものと思われるこれらの感情は、実は生命が生き延びるための重要な反応なのです。
恐怖心や不安感は、危険なことから身を守るために準備をしたり、警戒したり、慎重に行動するよう意識したりすることに繋がっています。
つまり、恐怖心とは「自分を守るために大切な反応」なのです。
ですが、この反応が強すぎると「恐怖症」という状態になってしまい、過剰な反応から日常生活に影響が出るようになってしまいます。
歯科恐怖症学会によると、歯科治療に対して一般的な「怖い」という感情以上の恐怖心を抱いている、いわゆる「歯科恐怖症」の方は全国におよそ500万人いるとのこと。
比較的女性の方が恐怖心を抱きやすく、また初診時のカウンセリングや予診表などで「治療に対して恐怖心がある」と教えてくれる方が多いかと思います。
一方で男性の方は、自分が歯科に対して恐怖心をもっているということを「恥ずかしい」と感じる方が多く、ご自身から伝えてくる方は少ないように思います。
では、どのようにして患者さんの恐怖心や不安感を察知すれば良いのでしょうか?
体の動きに着目しよう
患者さんが恐怖心や不安感を抱いているときには、以下のような仕草が体に出ることがあります。
1. 腕組み
腕組みは「心理的防御」といわれ、行動心理学では外的要因から自分を守ろうとする防御反応であるとされています。
自分の体を守るようにして他者に自分のテリトリーに入られないようにする、また自分の体に触ることにより落ち着かせようとする「なだめ行動」ともいわれます。
腕組みは大きく分けて2パターンあり、不安感が強い防御型と、敵意が強い攻撃型に分けられます。
相手に対して敵意や警戒心、対抗心がある場合にも腕組みが見られるため、それぞれの行動から相手の心理を読み解いてみましょう。
- 防御型(不安感が強い)
・腕を低い位置で深く組んでいる
・手は二の腕を掴んでいる
・背中が丸まっている - 攻撃型(敵意が強い)
・腕を高い位置で浅めに組んでいる
・手はこぶしを作っている
・胸を張っている
2. 目が泳いでいる
「目は口ほどにものを言う」ということわざがあるように、目線の動きから相手の状態を推測することができます。
目線がキョロキョロ、そわそわしている人は不安感や緊張感、ストレスを感じている状態です。
とくに、目線が下の方に向いている場合には、精神的に追い詰められていたり、相手に対して恐怖心をもっていたりする可能性が高いです。
また、不安と戦いながらどうすれば良いかを考えているときにも起こる仕草です。
相手の不安について知ろう
まずは、患者さんがどのような事柄に対して恐怖を感じるのか、カウンセリングを通して患者さんと一緒に詳しく探ってみましょう。
恐怖を抱いたきっかけがわかれば、そのきっかけを想起させるものをできるだけ少なくするヒントになります。
心理面での不安
- 小さい頃に歯科治療で怖い目にあった
- 歯科医の先生が怖かった
- 説明せずに治療を進められ、先が見えなくて怖かった
- 麻酔が効きづらく、痛かったことがある
- お口の状況が悪いので、怒られるのがイヤ
歯科医院という場に対する不安
- キーンという機械の音が怖い
- 歯を削られるのが怖い
- 麻酔がイヤ
体調面での不安
- パニック障害
- てんかん発作
- 嘔吐反射(型取り、口に手を入れられるのが苦手)
- 先端恐怖症
- 閉所恐怖症
このように、どんなことに対してどのような不安を感じているのか、質問を重ねて患者さんから詳しく聞き出してみましょう。
不安な気持ちは、漠然として見通しが立たないことでさらに不安が倍増しやすいため、「自分がどんなことに不安を感じているのか」という輪郭がわかるだけでも、不安感を和らげることができます。
そして、「こんなところがイヤ」「こんなことがあってとても怖かった」と患者さんが恐怖心に対して話し始めたときには、決して話を遮ったり否定したりせず、「大変な思いをされたんですね」「それは辛かったですね」など、相手に共感を示してみてください。
話をゆっくりと聞いて共感するだけでも患者さんには安心感が生まれ、不安な気持ちを取り除く一助になります。
診療中の対応
実際に診療を進めると、どうしても患者さんに口を開けていてもらうことになるため、声を発してもらうことができなくなります。
この「話すことができない」状況も、患者さんにとっては普段と大きく違う状況であり、ストレスの原因となります。
また、「このくらい我慢しなきゃ」という気持ちから、痛みや恐怖心を飲み込んでしまうことが多いため、診療中も患者さんから発せられる小さなサインを見逃さず、こちらから早めの声かけをして不安感を和らげていきましょう。
患者さん自身は「診療を受ける」ことに必死で、自分自身の体のサインに気づいていない場合が多いため、こちらから力を抜いてもらえるようお声かけします。
軽く肩に触れて「肩の力を抜いてリラックスしましょう」とお声かけして体の緊張をほぐすことも、不安感を和らげるのにとても大切です。
患者さんにリラックスしてもらうのに効果的な方法を、以下でご紹介します。
呼吸で気持ちを落ち着かせる
呼吸は人が唯一自分でコントロールすることができる自律神経系です。
自律神経はリラックスモードを生み出すスイッチですから、ゆっくりとした深い呼吸をすることで、興奮状態=緊張状態にある自律神経系を安定させることができます。
漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)
漸進的筋弛緩法は、リラクゼーション法の一種です。
不安な気持ちがあると人の体は自然と力が入ってしまいます。そこで「リラックスしてください」と言われても具体的にどうすれば良いのかわかりにくいですよね。
ここで、反対に意識的に筋肉を緊張させてから力を抜くと、脱力しやすくなります。
- まずは腹式呼吸
まずは腹式呼吸を行い、呼吸を整えます。
お腹の下あたりに手をあて、時間をかけてゆっくりと息を吐き切り、その後お腹を膨らますように鼻から自然に息を吸いこみます。 - 落ち着いたら、力を入れてみよう
腹式呼吸を数回行ってひと通り落ち着いたら、5秒ほど手に力を込めていきます。
片手ずつ順番に行いましょう。親指を中にいれ包むようにしてこぶしを握りこみます。このときもゆっくりとした腹式呼吸を続けてください。息を吸いながら力を込め、吐くときに手の力を解放するように一気に抜きましょう。
右手、左手、と進めて、手の脱力感を実感します。
そうしたら今度は肩に力を入れてみましょう。
肩にぎゅーっと5秒ほど力を入れます。5秒たったら、ストーンと肩を落とすようにして脱力感を感じましょう。
この後、必要であれば右足、左足、と続けてみてください。
いかがでしたか?
不安な気持ちは誰しもが抱くものですが、どんな場面でどう感じるのかは人それぞれです。
それぞれの患者さんに合った対応方法を考えられるよう、今回の内容を活かしてみてくださいね。
【11月20日(月)~配信!】「明日からできるコミュニケーション術」
本連載の執筆者である古家智惠先生が「明日からできるコミュニケーション術」をお伝えするセミナーが、11月20日(月)より配信されます。
患者さんとのコミュニケーションにおいて、「なぜかうまくいかない」「うまく伝わらない」「話が引き出せない」と頭を悩ませたことがある方、ぜひご視聴ください。