海外における歯科保健指導 in フィリピン vol.2 〜留学生活と、はじめての歯科保健指導〜

みなさんこんにちは!歯科衛生士の中村麻智子と申します。

この連載では、フィリピン共和国への留学で経験した歯科保健指導についてお伝えします。

国際協力や発展途上国支援、海外における歯科保健活動に興味のある歯科医療従事者の方をはじめ、海外に興味のない方でも、世界の現状を知る機会にしていただけると嬉しいです。

前回は、私がフィリピンへ留学するまでの経緯についてお話しいたしました。
(前回はこちら:海外における歯科保健指導 in フィリピン vol.1 〜留学したきっかけ〜

今回は現地での留学生活と、はじめての歯科保健指導についてお伝えします。

フィリピン共和国

フィリピンの語学学校

私が留学先に選んだ場所は首都マニラから、バスで6時間離れたバギオ市にあるパインスインターナショナルアカデミーという学校です。

老舗のスパルタ校という噂通り、朝7時から夜10時半まで、自己学習を含めた授業がみっちりと組まれています。授業にはグループ授業と個人授業があり、2週間に1度、レベル分けのテストもありました。

学校には寮が併設されており、1日3回の食事付きで、掃除や洗濯は清掃スタッフが行います。また、看護師が24時間体制で在籍しているので、健康面への不安もなく、生徒が英語学習に集中できる環境が整っています。

こちらの学校には、EOP(English Only Policiy)制度というものがあり、英語のみでのコミュニケーションを徹底しています。もし、母国語で会話をしているところを先生に発見されたらIDカードを写真で撮られ、ペナルティーとして土曜日も課題をしなければいけません。

また、授業では、ほんの少しでも発音を間違えると、はじめからやり直しです。

しかし、厳しくされればされるほど、成長しているのがとてもよく分かりました。先生方は私がわからないこともわかるようになるまで、嫌な顔ひとつせずにとことん教えてくれます。フィリピンの先生方は、いつだって本当に明るくて優しい先生ばかりでした。

語学学校の先生と生徒たち
語学学校の先生と生徒たち

留学中の生活について

留学生の主な出身国は、日本、韓国、台湾、モンゴル、ベトナムです。

はじめは一人部屋を選ぼうかとも考えましたが、他国のみんなとコミュニケーションがとれることと、何よりもホームシック対策として、あえて6人部屋を選びました。

シャワーの使い方がわからなくて困っていたら、ルームメイトが親切に教えてくれたり、母国のお菓子をみんなで互いに分け合って笑い合ったり、だれか体調が悪いと薬を与え合ったりすることも。ときには、勉強方法について話し合うこともありました。

授業とはまた違う、それぞれの国の文化や個性があふれた楽しい生活がはじまりました。

ルームメイトの仲間たち
ルームメイトの仲間たち

留学生活がはじまってすぐ、私を含め、体調を崩す日本人生徒が続出しました。現地での食事に慣れていないためです。

みんな大小関わらず、なにかしらの不安を抱えた留学生活。仲間と助け合うことで心が温められ、救われました。

また、同じ月に入学した「バッチメイト」の存在も大きかったです。スタートが一緒なだけでなく、慣れない環境でハードスケジュールをこなす仲間として、とても心強いものがありました。

お互いに完璧でない英語でしかコミュニケーションがとれませんが、国籍や母国語が異なっても、知っている限りの文法や単語を精一杯使い、心は十二分に分かり合えました。

バッチメイトとは、今後も変わることのない信頼関係を築き上げることができました。

パブリックマーケットでの出会い

留学生活がはじまって2週間が過ぎた頃、私は地域の方の暮らしに興味がわき、友人とパブリックマーケット(市場)に足を運びました。

フィリピンの学校は春休みの時期で、パブリックマーケットにはたくさんの子どもたちがいました。遊んでいる子や、店番をしている子、両親や兄弟と買い物に来ていた子など、さまざまです。

パブリックマーケットで出会った子どもたち
パブリックマーケットで出会った子どもたち

私はパブリックマーケットに到着するとすぐに、店番をしていた8歳の女の子、アレクサと出会いました。アレクサは、大きな目をしていてとてもかわいいのですが、もの静かでどこか元気がありません。

彼女と少しだけ話をしたとき、前歯にとても大きなう蝕があることに気づきました。

「痛い?」私の問いかけにアレクサは首を振りました。アレクサの口腔内は、私が臨床に携わっていた日本では、なかなか目にすることがないほど大変な状況でした。

ほかにもプラークコントロールの悪い子や、歯肉炎の子、ランパントカリエスの子も。しかし、中にはきれいな口腔環境の子にも出会うことができました。
「フィリピンの子どもたちの口腔内の現状はこうなんだ…」と、リアルな格差を目の当たりにしました。

そして、帰り道や帰宅後の部屋の中で「私にできることはないのだろうか、なにか子どもたちの助けになることをしたい」という、熱い感情が込み上げてきました。

店番をしていた女の子 アレクサ
店番をしていた女の子 アレクサ

はじめての歯科保健指導

次の日、私はもっと現状を知りたくて、今度は一人でパブリックマーケットへ向かいました。

そして、また店番をしていたアレクサと再会し、写真を撮りました。アレクサは写真を撮るとき、いつも口を閉じます。前歯の大きなむし歯を隠すためです。

アレクサは他の子どもよりもたくさん話してくれないため、最初は恥ずかしがりやさんなのかな?と思っていました。
しかし、隣の店の店員さんが「この子、あなたの英語を分かってないのよ」と教えてくれました。

フィリピンでは、小さい頃から家族同士英語で会話し、小学校1年生からは英語学習がはじまります。そのため、子どもでも基本的に英語が理解できます。しかし、子どもによっては小学校へ行っていない子もいるといいます。

話しかけてくれた店員さんは、私の英語を現地のタガログ語に通訳してくれました。

通訳してくれた店員さんとアレクサ
通訳してくれた店員さんとアレクサ

すると、アレクサは「昨夜歯が痛くて泣いていた」と話してくれたのです。私はそれを前の日に察してあげられなかったことが悲しく、とても悔しい気持ちになりました。今、目の前で苦しんでいる子どもがいるのに助けてあげられない、痛みを取り除いてあげられないことが本当につらかったです。

その反面、アレクサが本当の気持ちを打ち明けてくれたときは、はじめて心が通じ合ったと感じられる瞬間でした。

でも、今の私ではなにもできない。これは仕方がありません。気持ちと考え方を切り替えて「今、私にできる最大限のことをしよう」と決心しました!

そして、私は近所のドラッグストアで歯ブラシを1本購入し、アレクサの店の奥を借りて、即席で歯科保健指導を行いました。先ほどの店員さんに通訳してもらい、アレクサには鏡の代わりに私のスマートフォンの画像を見てもらいました。

ブラッシング指導中の様子
ブラッシング指導中の様子

私は通訳してもらいながら、アレクサに口腔内の状況やう蝕の原因を話し、ブラッシング方法を伝えました。アレクサは、それを一生懸命練習してくれました。

アレクサは1日1回、夜にブラッシングしていると話していましたが、本当のところはわかりません。
実際の口腔内はたくさんのプラークでいっぱいでしたし、これは残せるだろうかと思うほどの乳歯はもちろん、大切な第一大臼歯の歯冠も大きく崩壊していたのです。

ブラッシング指導中、普段歯ブラシがあたっていない部分を刺激することで痛みを感じ、顔をしかめる場面が何度かありました。
また、歯肉炎による出血もありました。私が、出血しても大丈夫だよと声をかけ、「これは悪い血だから、出てよかったんだよ」と伝えました。

私は、ブラッシングだけで口腔内の環境が一変することをアレクサ自身に感じてほしかったので、歯面の舌感をすぐに確認してもらいました。

「今日の出来事が彼女にとって、大切なひとときになるように。そして、これが彼女の将来につながり、成人しても健口が守れるように」ただただそう願いながら歯ブラシ1本に思いを込め、指導しました。

これが、私のフィリピンにおけるはじめての歯科保健指導です。

フィリピンのパブリックマーケット
フィリピンのパブリックマーケット

歯科保健指導を行って、見えてきた課題

パブリックマーケットでは、アレクサの口腔内を見て、なにかアクションを起さなきゃ!と強く思ったことが、実際に行動につながりました。

しかしこの日は、日本で学んだ歯科疾患の予防方法を口頭で話すことしかできませんでした。口頭の説明だけで理解させるには限界があります。ましてや子どもです。

writer25
歯科保健の大切さもっとうまく効率的、効果的に伝えられないか
痛みのない生活をこの子たちに送ってほしい
無邪気に子どもらしく、笑顔で歯を見せて写真を撮ってほしい
歯科の正しい知識や磨き方を知って、生活の質をもっと向上させてほしい

そう思い、写真や図などを使ってわかりやすい資料を作ろうと決めたのです。

視覚的に伝えることと、実際に正しいブラッシングの体験をすることが大切であると考えました。

そして今度は、フィリピンの歯科医院はどんな様子なのだろう?という疑問が浮かんだので、近所の歯科医院を訪れることにしました。

次回は、そのときの様子をお伝えします。

海外における歯科保健指導 in フィリピン

vol.1 〜留学したきっかけ〜
vol.2 〜留学生活と、はじめての歯科保健指導〜