東京都歯科衛生士会主催「高齢者に対するインプラント治療のあり方を考える」セミナーが開催!

9月1日、昭和大学歯科病院にて、東京都の委託事業である公益社団法人 東京都歯科衛生士会主催の第1回フレッシュアップセミナーが開催されました。

今回のセミナーに参加した歯科衛生士は約100名。参加費は無料で、歯科衛生士会の会員だけでなく、幅広い年齢層の歯科衛生士の方々が集まりました。

講師は、昭和大学インプラントセンターのセンター長を務める宗像源博(むなかたもとひろ)先生。

高齢者に対する歯科治療と、インプラントについての学びを同時に深めることができる、貴重なセミナーです。

それでは早速、当日の会場の様子をお伝えします♪

会場の様子
会場の様子

インプラントが歯科治療に与えた影響

自分がしてほしくない治療を、患者さんが望むはずがない。

はじめに、宗像先生は、インプラントとならび欠損補綴の選択肢である、義歯とブリッジのメリットやデメリットについてそれぞれ説明。義歯とブリッジ、インプラントそれぞれの生存率についても解説し、インプラントの生存率の高さをデータによって示しました。

つづいて、さまざまな欠損パターンの症例を紹介し、インプラント治療の利点や保険適用についても解説。

とくに、インプラントオーバーデンチャーは可撤性義歯の約2倍、インプラント固定性義歯にいたっては約3倍の咬合力と食品粉砕力があり、食事をする上で有効なため、患者さんがよろこぶ治療法であるといいます。

ただし、インプラントの生存率が高いからといって、必ずしも健康な状態であるとは限らないという宗像先生。

インプラントにまつわるさまざまなトラブルについて紹介し、歯科は、内科、外科、整形外科に次いで訴訟が多い診療科目であることも話しました。

日本がかかえるインプラント治療の問題点
超高齢社会の日本では、平均寿命の延伸により、インプラント治療を行う高齢者の割合が年々増加しています。

宗像先生は、全顎的にインプラント治療を行った患者さんの長期症例を紹介し、これらの成功症例は、通院を続けられているからこそ、良好な状態を保てているということを強調しました。

一般的に、インプラントは、上部構造を撤去できるスクリュータイプの方がメインテナンスしやすいといわれています。

しかし、上部構造を撤去するには、各メーカーにあったドライバーが必要です。現在日本には、30社以上のインプラントメーカーがあることから、上部構造を撤去してのメインテナンスは、在宅診療では行えなくなる可能性が高いとのことでした。

さらに宗像先生は、高齢者のインプラント治療について研究した海外の論文について言及。265症例中90症例がドロップアウトしていることに注目し、歯科医院に通院できている患者さんの症例だけで、インプラントの予後の良さを判断するのは安易ではないかと指摘しました。

昭和大学インプラントセンター 宗像源博先生
昭和大学インプラントセンター 宗像源博先生

要介護状態になる原因について解説!

つづいて宗像先生は、要介護状態になる主な原因である以下の5つの項目について解説しました。

  1. 脳血管障害
  2. 認知症
  3. 骨折・転倒
  4. 関節疾患
  5. パーキンソン病

要介護状態になるということは、ただ単に運動障害によって歯科医院への通院がむずかしくなるだけでなく、精神状態の変化や服用薬により、歯科治療への影響が非常に大きいといいます。

また、宗像先生は、在宅診療におけるインプラントの問題点として、以下の3つをあげました。

  • インプラントの修理や撤去等を行うことができる歯科医師が、在宅診療を行う老人福祉施設や病院歯科にいないこと
  • 清掃しやすい形態であることが少なく、インプラント部のケア方法がわからないこと
  • ドライバーが標準化されておらず、修理や撤去等が行えないこと

患者さんが義歯にあたって痛いと訴えるからといって、インプラントのアタッチメント部分がタービンで切削されてしまった症例の写真や、インプラント周囲にプラークが多量に沈着している写真など、歯科衛生士としては目に手をあてたくなるような症例が次々と紹介されました。

インプラントの基礎知識を学ぶ

次に、宗像先生は、インプラントの基本構造や治療の流れについて説明。

インプラント体を構成するチタンの特性や、天然歯との違い、天然歯と連結してはいけない理由について解説。実際にインプラントを埋入しているときやGBR、サイナスリフトの様子を動画で見ることができました。

インプラント手術中の動画
インプラント手術中の動画

また、インプラントの欠点や治療時に考慮すべき全身疾患についても解説。糖尿病と肝炎、心疾患の3つの疾患をあげ、歯科衛生士が知っておかなければいけないポイントを紹介しました。

歯科衛生士が知りたい!インプラントメインテナンスについて

午後からは、参加者の歯科衛生士がもっとも気になるメインテナンスについての講義です!

宗像先生は、天然歯とインプラントの周囲組織の違いについて説明したのち、メインテナンス時のチェック項目について細かく説明しました。

講義では、インプラントメインテナンスに最適なプローベや、メインテナンス期間の間隔を決める計算式について紹介。インプラントに対するプロービングは、あくまでも出血や排膿の有無を確認するためのものといい、プロービング値については患者さんがもつ粘膜の厚みによって数値が大きく異なるため、健全値とよばれるような数値はないと話しました。

また、健全なインプラント、インプラント周囲粘膜炎、インプラント周囲炎に罹患したインプラントのメインテナンスプログラムについて、それぞれの症例写真や動画をもとに解説。

健全なインプラントに対するメインテナンス中の動画
健全なインプラントに対するメインテナンス中の動画

インプラント周囲炎の外科治療については、「どのようにしてチタン表面をきれいにするのか」ということがポイントになってくるといいます。

外科治療には、機械的なアプローチと化学的なアプローチがあります。講義では、さまざまな方法を駆使してインプラント体のスレッドを清掃している様子を動画で見ることができました。

高齢者に対するインプラント治療のあり方を考える

インプラント治療のあり方を考えるには、「高齢者にインプラントを埋入する場合」と「インプラント患者が高齢になった場合」の2点に注目して考えなければいけないと、宗像先生はいいます。

まずは、高齢者にインプラントを埋入する場合について解説。
宗像先生は、要介護になる原因の疾患をもっている患者さんへのインプラントの治療計画の必要性を問いかけ、将来の感染のリスクを考えて、義歯での対応や抜歯を選択することも必要と伝えました。

次に、インプラント患者が高齢になった場合に選択される、侵襲性が低い治療方法について説明。在宅・養護施設において、インプラントに求められる処置は、「インプラント体の撤去」「上部構造の撤去」「口腔ケア」の3つしかないと宗像先生はいいます。

上部構造の再製やTBI、PMTCを行うことはむずかしいため、「とりあえず様子をみる」という治療ではなく、ある程度の介入をせまられる治療計画を立てなければいけないと話しました。

治療計画の立て方について考える

超高齢社会における歯科医療や歯科衛生士の役割って?

歯を失って何が食べられなくなったか、歯が入った後に何が食べられるようになったかということを、私たち歯科医療従事者は患者さんに聞けているか。

宗像先生は、日帰り入院でインプラント手術を予定していた患者さんについて「何を食べられなくなったんですか?」と、看護師の方から聞かれたときに答えられず、ハッとしたというエピソードを紹介。

私たち歯科医療従事者は、「これで噛めるはず」「なんでも食べられるはず」と思い込んで、ただ歯を並べるだけになっていないか、患者さんは歯がなくても困っていないかもしれないのではないかということを問いかけました。

会場に問いかける宗像先生

また、歯科衛生士が歯周治療を行う目的は、「患者さんが食事をする」ということであるにも関わらず、食べるために歯を残すという前提からずれて、「歯を保存すること」が目的になってしまっていることが多いと話しました。

私たち歯科医療従事者は、患者さんの咀嚼機能を向上させることによって、高タンパクな食事の摂取を可能にします。そうすることで、低栄養やカロリー過多の改善を行うことができます。その上で、食事指導や口腔衛生指導を行うことによって、さまざまな生活習慣病の改善がはかれると宗像先生はいいます。

現在、糖摂取や間食の制限をする指導はよく行われていますが、高齢者の低栄養を防ぐための、炭水化物や高タンパク質の摂取をうながす食事指導までは、まだまだされていないといいます。

これからの歯科衛生士は、ライフステージに合わせた適切な食事指導や禁煙指導、飲酒の制限を行う必要があると話しました。

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今回のセミナーでは、「高齢者歯科」と「インプラント」について、今までとは違った観点から詳しく学ぶことができました。

私自身、はじめて学ぶ内容が多く、豊富なデータや症例写真、動画によって、高齢者歯科に対する知識が深まりました。

患者さんが高齢者の場合、健全な人に対する歯科治療とは異なるアプローチで、患者さんの要望にこたえなければいけません。そのため、今までの経験とは違う判断を行わなければいけないこともあるかもしれません。

しかし、歯科治療の「患者さんがおいしく食事をする」という大きな目的は、どんなライフステージの患者さんに対しても変わらないはずです。

患者さんのライフステージに合わせた適切な治療方法を提案できる、そんな素晴らしい活躍をみせる歯科衛生士が今後どんどんと増えていってほしいと思います。