歯科衛生士長内が聞く。第3回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 前編「妊婦患者さんには早産のリスクを」

読者の皆さま、はじめまして。歯科衛生士の長内香織と申します。

歯科衛生士のみなさんは、日々の臨床の中でこのようなことに悩んだ経験はありませんか。

 
患者さんに真剣に指導したいのに、なかなか聞く耳を持ってもらえない。
 
仕事は続けたいけれど、患者さんやスタッフとの人間関係が…

実は、歯科衛生士に必要な知識や情報、歯科衛生士の役割を、医師の立場から発信している先生方がいらっしゃいます。

この記事では、様々な専門の医師の先生方に、普段聞けない知識や情報を対談形式でお聞きします。

日常の臨床に活かせるヒントや、みなさんが持つ悩み解決のきっかけを見つけていただければ嬉しいです。

第3回は産婦人科医の稲葉可奈子先生

稲葉可奈子先生のプロフィールはこちら(WHITE CROSSへ)

稲葉可奈子先生(下段)と筆者(上段)
稲葉可奈子先生(下段)と筆者(上段)

関東中央病院産婦人科に勤務する稲葉先生は、双子の乳児を含む4児の母。

また、「みんパピ!(みんなで知ろうHPVプロジェクト)」の代表を務め、子宮頸がんなどのヒトパピローマウイルス(HPV)感染症についての正しい知識やその予防方法を発信しています。

みんパピ!の詳細はこちら

資格保有者の9割以上が女性である歯科衛生士。

さまざまな年代の患者さんを相手にする仕事ということからも、女性ならではのイベントに触れる機会も多い職種です。

今回の対談では、早産のリスクや子宮頸がんについて伺いました。

前編では、歯周病と早産の関係や、早産が胎児や母胎に与える影響についてお伝えします。

早産のリスク

長内:こちらは臨床歯周病学会のHPに掲載されているポスターなのですが、歯周病に罹患している妊婦さんが早産になるリスクは、通常の7倍といわれています。
(参照:歯周病が全身に及ぼす影響-特定非営利活動法人 日本臨床歯周病学会

日本臨床歯周病学会で配布しているパンフレット
日本臨床歯周病学会で配布しているパンフレット

これは、年齢や人種、アルコールなどと比較してもかなり高いので、特に妊婦の患者さんには、歯周病予防の重要性を伝えている歯科衛生士が多いと思います。

ところが歯科衛生士の中には、早産や低体重であることが、胎児にどのような影響があるのかを詳しく知らない人もいるのが現状です。

実際に早産や低体重児出産とは、どういう状態のことなのでしょうか?病気ではないのですよね。

稲葉:まず、妊娠37週未満でお産になることを「早産」といいます。37週未満だとまだ肺の成熟が未熟なことがあるため、なるべく37週に入ってからの正期産が望ましいです。

早産になりそうな状態を「切迫早産」といい、その段階で気づき、適切な対応や治療を行い、なるべく早産にならないようにします。

そのため、まだ週数が早いのにお腹がはる方や、子宮頸管長が短い方などには安静を促したり、場合によっては入院していただき、できるだけ正期産まで胎内に赤ちゃんがいられるようにします。

しかし、最近はNICU(新生児集中治療室)などの新生児の医療がすごく発達しているので、早産で生まれても元気に育つ子が多いですが、やはりなにかしらの障害が残る子もいますので、早産は避けられるに越したことはないです。

そして、NICUへの入院となると、産後で体調が整っていない中、母乳を毎日届けないといけないなど、早産で生まれることはママにとっても大変なことが多いです。

また、切迫早産で入院が必要となると、妊婦さん本人にとっても、ご家族にとっても大きな負担になります。

上のお子さんがいたりすると、急にママがいなくなることが、ストレスになってしまうかもしれません。

最近は切迫早産であっても、かならずしも長期入院が必要というわけではなくなってきていますが、上のお子さんがいると、自宅で安静にするのも簡単ではありません。

長内:双方にとって負担があるのですね。

近年の動向として、早産は増えているのですか?それとも減っているのでしょうか。

稲葉:早産や低出生体重児の割合は、昔に比べると増えてますが、ここ10年くらいは大きな変化はありません。

長内:大きな変化はないのですね。

それでは、低出生体重児については、発達に影響はあるのでしょうか。早産の子=低体重児になるのでしょうか?

稲葉:そうですね。どちらかというと、体重自体よりも週数の方が発達には影響します。

長内:よく「未熟児」と聞きますが、これは別の意味なのでしょうか?

稲葉:以前は、2,500g未満で産まれた赤ちゃんのことを「未熟児」と呼んでいましたが、今は使わない表現です。

長内:そうだったんですか。今は「未熟児」とは言わなくなったのですね。

産婦人科視点での妊婦の歯科受診

長内:ところで、妊娠性歯肉炎といって、妊娠中にホルモンのバランスだったりつわりの関係で、歯肉に炎症が起こる方が多いんです。

要するに炎症が起きてしまうとサイトカインが分泌されて子宮収縮が起こりやすくなるなどの因果関係があると思うのですが、妊婦健診の際に歯科受診しましょう、といったガイドラインなどはあるのでしょうか?

稲葉:そうですね。

早産と歯周病の関連は以前から言われているので、自治体によっては母子手帳をもらったときに、歯科検診の無料券が入っているところもあります。東京都だと入っていますね。

すべての自治体でそうかどうかはわかりませんが、そういうところは増えていると思います。

長内:そうなんですね!実際に妊婦検診など現場で、歯についての相談を受けることはありますか?

稲葉:それがすごくありまして。

具体的にどこの歯がどうという相談ではなく、歯の治療をしたいんですけど、してもいいですか?局所麻酔は大丈夫ですか?抗生剤とか服用しても大丈夫ですか?という質問がすごく多いです。

ご本人もそうなのですが、産婦人科以外のドクターは、妊婦さんに薬を使うことを躊躇される先生がとても多いのです。

実際には、妊娠中でも局所麻酔は問題ないですし、内服して問題ない薬も多いので、ぜひかかりつけの産婦人科医に相談してください。

私も質問を受けた場合は、ぜひはやく治療しましょうとお伝えしています。

長内:それはやはり安定期に入ってからなど、特に局所麻酔などは、時期に関係なく問題はないのですか?

稲葉:本当は問題ないのですが、気持ちの問題ですよね。

妊娠初期の段階って、本当になんの原因もない流産が10〜15%くらいの確率でありえるのです。

なので、万が一流産した時に「あのときの薬が…」と後悔するかもしれないので、急ぎでなければ12週を過ぎてからの方がよいかと思います。

長内:なるほど。心理的な側面から、安定期に治療を行う方が双方にとっても安心につながるというのは理解できますね。

私は妊娠予定がある女性には、妊娠中に親知らずが痛み出したらいろいろと大変なので、事前に抜歯をした方がいいと伝えるようにしています。

妊娠中は、余計な心配ごとはないに越したことないですものね。

歯科衛生士視点での妊婦の歯科受診

長内:歯周病は「サイレントディジーズ(Silent Disease:静かなる病気)」と言われるくらいで、妊娠性歯肉炎もまた、症状は出血する程度。痛みもあまりないため、放置される方も多いんです。

子育てが落ち着いて、歯科医院にいらっしゃった頃にはすでに歯がボロボロになっているということがすごく多くて…30代で入れ歯になってしまった方もいらっしゃいました。

稲葉:ええー!

長内:かなしいですよね…。なので、歯科と産婦人科ってすごく連携をとるべきなんじゃないかなと思っていて。

歯科受診ひとつとっても、つわりで歯磨きができない人が、歯磨きをしてもらうために歯科医院を活用するとか。

今の歯科医院ってそれが受け入れられる環境になってきていると思うんです。

稲葉:産科と歯科の連携、すごく大事ですよね!

長内:現状、産後の指導の際など、産婦人科で歯科の指導をするような時間はあるのですか?

稲葉:そうですね、妊娠中の母親学級などでは歯周病と早産の関連については話すことはあります。

しかし、産後にママに向けて歯のケアについての話を行っているというのはほとんど聞いたことがないですが、とても重要な点だと思います。

離乳食セミナーなどの産後指導というのは、自治体が行っていることも多いです。

長内:なるほど。自治体と歯科衛生士が協力して、啓発活動ができればいいですね。

妊娠前からの歯のケアが大切

長内:実は生まれたお子さんにとっても、妊娠中からの口腔ケアは大事になってくるのです。

生後19ヶ月〜31ヶ月頃がミュータンス菌の定着が集中する時期で、「感染の窓」といわれています。

生後19ヶ月〜33ヶ月頃が「感染の窓」
生後19ヶ月〜31ヶ月頃が「感染の窓」(「小児歯科保健への対応」図2を元にdStyle作成)

その感染経路の主が母親だといわれていて、この時期にミュータンス菌が定着しないよう予防できると、むし歯のリスクが低くなることが明らかになっています。
(参照:小児歯科保健への対応-公益社団法人 日本小児保健協会

そのため、数年前までは赤ちゃんへの口移しやキスをやめましょう、と指導される歯科医院もあったのですが、最近ではスキンシップをする側の口腔内を綺麗にして感染率をおさえることが推奨されています。
(参照:ライオン、乳幼児の口腔細菌叢の形成に両親の口腔細菌叢が深く影響していることを解明-日本経済新聞

妊娠中や妊活中の女性に、口の中が綺麗だとお子さんへの感染率が下がるというのをどこかのタイミングでお伝えできればと思うんですよね…

稲葉:ほんとですね。

どうしても育児に一生懸命になってしまい、自分の体は二の次、三の次になってしまっているんですよね。

妊娠前から歯のケアをしっかりすることで、自分にとってだけでなく、将来産まれてくる赤ちゃんにとってもいい影響があるということを知っていただきたいですね。

前編のあとがき

数年前、ある患者さんを担当しました。その女性はとても綺麗で、身なりもおしゃれに気を使っていて上品な印象を受けました。

ところが初診時、診療室でバツが悪そうに部分床義歯を外して、噛めないと泣いていたのです。

妊娠中、食べつわりと歯磨きができない状態が続いていたと。

産後も子育てに追われ、やっと歯科医院に通えた頃には5本の抜歯が必要な状態だったそうです。

もっと早くに検診に行っていればと、強く後悔されていました。

妊娠性歯肉炎は、大抵が治る病気です。それは歯科衛生士ならば当たり前のように知っていることかもしれません。

しかし、放っておくと、その後のQOLに影響してしまうこともあるということを、もっと強く発信していかなければと感じました。

歯科医院にこられた患者さんには伝えられますが、まだメッセージが届いていない妊婦さんや妊活中の女性も多くいると思います。

早産のリスクをいち早く見逃さず、妊娠周期を安定させることに重きをおいておられる産科の先生方に見習い、私たちも早期に妊娠性歯周炎の予防をしっかりと行っていくべきだと改めて感じました。

そして、産科や自治体との連携を取りながら、母親自身の健康のために今何ができるのかということを、多くの方に知っていただきたいと感じました。

少子化時代というだけでなく、生まれてくる一人の命をより大切にするために、私たちができることを伝えていくことが大事ですね。

稲葉先生には引き続き、同じ医療従事者として歯科衛生士に知っていてほしい子宮頸がんについてお話を伺います。

歯科衛生士長内が聞く。

第1回 内科医・桐村里紗先生「においから始める予防歯科」
第2回 精神科医・西大輔先生 「明日から働きやすくなる秘けつ」
第3回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 前編「妊婦患者さんには早産のリスクを」