訪問歯科の現場から vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード

みなさん、こんにちは。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科で働きはじめ、6年ほどになります。

訪問歯科の現場では、今までの一般歯科で行っていたやり方がまったく通用しないことがたくさんあります。

前回の記事はこちら

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診察する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード

訪問歯科の現場では、普段のコミュニケーション方法がまったく役に立たないことがあります

いろいろな方法を試してみる中で、みなさん共通で喜んでくださるのは、マッサージなどの触れ合いやお誕生日の話題、それに何よりも「」です!

歌は、患者さんの心を開くことができる、本当に強力なツールです。

今回は、歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソードについてお伝えしたいと思います。

「喜ぶことをしてあげたい」という家族の気持ちを叶える

先輩から引き継いだ、90代のHさんという患者さんを担当した時のことです。

Hさんは、私が訪問しはじめた時から、ほぼ寝たきりの状態。

「歯を食いしばる」などの最低限の拒否反応はありましたが、声を発したり、目が合ったりするようなことはありませんでした。

90代のHさん

Hさんの普段のケアについては、10年ほど息子さんが行っていました。ヘルパーの方もきていましたが、息子さんもそれなりに高齢だったため、清潔を保つことや体位の変更など、一人ではできないこともあるようでした。

息子さんはおそらく就業していなかったため、Hさんのケアにやってくるヘルパーや入浴サービスの方などとのやりとりが、唯一の外部との繋がりになっているような印象でした。

だからといって、息子さんには暗いところがまったくなく、とても明るい方でした。

Hさんに対しても、「痛いことや負担がかかることはしたくないんですよ~。母には喜ぶことをしてあげたいんです。」と言っていました。

ある日、息子さんが私に言いました。

「母がなんとか起き上がれる時は、一緒に歌なんて歌ってたんですけど…」
「じゃあ、今は一緒に歌えないかもしれないけど、私が歌を歌ってみましょうか?」

私はちょっと緊張しながら聞いてみました。

すると、「ぜひお願いします!」と答えてくれたので、私はその日から毎回一曲、Hさんの自宅で歌を歌うことになりました

歌の時間

寝たきりのHさんが歌の時間に見せた、嬉しい反応

私は、Hさんにの口腔ケアが終わった後、歌の時間をとることにしました。

歌の時間になっても、Hさんや息子さんが一緒に歌うわけではありません。

しかし息子さんが、

「さあ、今日は何の曲ですか?」
「ほら、歌ってくれた後、顔が優しくなってるでしょ~」

などと言って、毎回褒めてくれるので、私もすっかりHさんの自宅で歌を歌うのを楽しみにしていました。

それに、確かに私が歌を歌った後、Hさんも満足そうな顔をしているように見えます

そうなるとやる気が出てくるもので、私はHさんが知ってそうな曲を探したり、スマートフォンを持ち込んで伴奏を流しながら歌ったりするようになりました。

ある日、「翼をください」を歌った時のことです。

サビの一番盛り上がる場所で、Hさんは大きく首を持ち上げ、大きく口を開けたのです!

これには息子さんも私もびっくりし、

「これは今、一緒に歌おうとしたんでしょうね!」
「はい、そういう風に見えました…!」

そんな会話をして、私は最後まで歌い終えたのでした。

さまざまなケアをしたり、機能訓練をしたり、歯科衛生士としてできることや大切なことはたくさんあります。

しかし、歌は「する側」「される側」といった立場を分けずに、同じ場所に立っているかのような気持ちにさせてくれる力があります

感動する気持ちはみんな一緒だよね!という一瞬を、立場も年齢も違うHさんと同じように分け合った気がしました。

そしてHさんは、声こそ出なかったけど、きっとちゃんと歌っていたし、ご本人も歌ったと感じているだろうと私は思っています。

「歌」の力

***

訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

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