この連載では、患者さんのタイプに合わせたコミュニケーション方法として、行動心理学などを用いたアプローチについてお話しします。
日々の診療の中で、いろいろなタイプの患者さんに出会うと思います。前回の記事のように無口な患者さんもいますし、反対におしゃべりが大好きで止まらない…という方もいますよね。
とはいえチェアタイムは決まっているし、ずっと話しかけられ続け、気づけばもう残り時間が15分?!なんてことも、みなさん一度や二度は経験があるのではないでしょうか。
今回は「治療に関係のないことを喋り続ける患者さん」に対して、どのように接するべきかをお伝えしていきます。
前回の記事はこちら
第一回 治療に対する恐怖心が強い患者さんの緊張を和らげるには?
第二回 無口な患者さんから話を聞き出すには?
お互いの意見を尊重しよう
話好きの方、とくに話し始めたら止まらない患者さんっていますよね。
朝礼で予約表を見た時点ですぐにわかるほど、「この人いつも話長いんだよねえ…」なんて名物患者さんになっていたりして。
チェアへ案内してみると、案の定今日も聞いてもいないのにあれこれずっと喋っている…でも話を遮るわけにもいかず、時間だけが過ぎていく…。
この場合、話の腰を折ってしまうことは望ましくありません。
さらに最悪のパターンは、もはや相手の話を聞いていない、話もそこそこに強引にチェアを倒して進めてしまう、といった強行手段です。
これでは患者さんとの信頼関係を壊すことになってしまい、患者さんが来院しなくなってしまったり、口コミで悪い評判が広まってしまったりということが起こり得ます。
相手の意見を肯定することが大切
「アサーティブ」という言葉をご存じですか?「アサーティブコミュニケーション」とも呼ばれる、コミュニケーションスキルの一つです。
アサーティブとは、直訳すると「自己主張すること」という意味です。
ここでいう「自己主張」とは、自分の主張を一方的に述べることではなく、相手を尊重しながら適切な方法で自己表現を行うことです。
つまり、自分の意見だけを通すのではなく、また相手の意見だけを聞くのでもなく、お互いを尊重しながら意見を交わすコミュニケーションのことです。
誰でも自分の意見や話に対して、否定されたり、拒絶されたりすると不快に感じるものです。
まずは相手の意見を認めて肯定します。うなずいたりあいづちを打ったり、肯定的なアクションを入れながら相手の話をよく聞き、相手を立てた上で自分の意見を伝えてみましょう。
そうすれば、相手もこちらの意見に耳を貸す気になるはずです。
とはいえ、「次の予約の患者さんも来るんだから早くして…!」と焦った気持ちになると、強行して進めてしまいたくもなりますよね。
具体的なコミュニケーションはどうすれば良いのでしょうか?
話の腰はポッキリ折らずに曲げてみよう
ここで大切なのが、「相手を尊重しながら適切な方法で自己表現を行う」という手段を用いることです。
先ほども述べたように、自分の意見を否定されたり、拒絶されたりすると不快な気持ちになってしまいます。話を遮る、話の腰を折るなども否定的な行動ですね。
そうならないように、話の腰を「折る」のではなく「曲げて」みましょう。
相手の呼吸のタイミングで視線を移す
相手が話している最中は、まずは相手の話を聞きましょう。うなずいたり、返答をしたりしつつ、相手がある程度話しきって一息ついたところがチャンスです。
誰でも息継ぎなしに話し続けることはできませんから、相手が息継ぎをするタイミングで手元のカルテやパソコンの画面、時計の方へ意識的に顔を動かしてみましょう。
「話を聞いていない」という素振りを見せれば、話す意欲も薄まります。相手に不快感を与えない程度に、この目線や顔の向きを変えるということで区切りをつけて、診療をスタートしましょう。
話を広げることで軌道修正する
患者さんが話をしている中で生活についての話題が出てきたら、そこで健康についての話や歯科の話に軌道修正してみましょう。
患者さんが「最近おいしいものを食べた」と言ったら、「あれって結構固いですよね、噛みにくかったりしませんでしたか?」と返したり、テレビの芸能人が話題に上がったら、「あの方ってインプラントしているんですよ、ご存じでしたか?」と聞いてみたりと、それとなく軌道修正するのが良いでしょう。
補綴物の話をするのであれば、その患者さんの口の中にあるもの、たとえばセラミックや入れ歯の話にすると、さらに患者さんの興味を引くことができ、会話がスムーズになるかと思います。
「セラミックといえば、◯◯さんのこの歯も同じ材質なんですが、ここはどうですか?物が詰まりやすいとか変わったことはないですか?」と話を広げて続けてみましょう。
こうすれば話を遮ったり話の腰を折ったりすることなく、話の流れを診療へとたぐり寄せることができるため、スムーズに診療へ移りやすくなります。
助っ人をお願いする
それでも、「どうしても話が終わらない…!」という場合は、助っ人をお願いしましょう。
他のスタッフに、自分に声をかけてもらうようお願いするのです。第三者が入ってくることで、場の空気が変わります。
「次の患者さんがお見えです」などと声をかけてもらい、「すみません、時間が迫っているようなので」と了承を得て診療に入れば、相手を不快にさせることもありません。
話し続ける人の心理とは?
おしゃべりな患者さんへの対応についてお伝えしてきましたが、そもそもそういった患者さんはなぜ話し続けてくるのでしょうか?
一方的に話し続けてくる人の心理として、「自分のことをわかってほしい」「褒められたい・認められたい」という自尊心が挙げられます。
このタイプの場合は、前回診療したときよりも良くなっている点を、小さなことでもいいので褒めましょう。
「フロスをする回数が前回よりも増えた」「前回磨き残しがあったところがきれいに磨けている」など、状態の変化をピックアップして伝えてみてください。
他には、「寂しい」「話すことでストレスを発散している」という方がいます。
女性はとくに問題が解決しなくても話すだけでストレス発散になるという研究結果がありますし、高齢者の方などは「一人暮らしで久しぶりに人と話した」という場合もあります。
患者さんの話の中で出てくる生活背景や考え方は、OHIをどう進めていくかを考えるきっかけにもなるので、時間が許すようであれば話を中断せずそのまま聞くのもいいかと思います。
アサーティブコミュニケーションはお互いの意見を尊重したコミュニケーションです。
一方的に話してくるなら、こちらも一方的に返す!とムキにならずに、まずは患者さんの話を聞いてみましょう。
生活背景に沿った話をこちらから聞き返してみたり、「とてもお忙しいんですね。では、1日3回はむずかしくても、2回なら負担なくブラッシングできますか?」と寄り添った提案をしてみたりすると、相手もこちらの話に耳を傾けてくれるようになり、一方的な会話から抜け出せるきっかけになるかもしれません。
リスクが高い部位を優先しよう
話を聞いていたらもう時間が残り少なくなってしまった!というとき、あなたなら何から始めますか?
歯石は歯ブラシではとることができませんから、もちろんスケーリングは欠かせません。
では、あとは何を優先してやっていくのか?ここが歯科衛生士の腕の見せどころではないかと思います。
その患者さんの口腔内に合わせて、リスクの高いところに重点を置き、短時間でできるだけ効果の高い施術を行いましょう。
たとえば、補綴物が多い方であれば隣接面や歯頚部のメインテナンスが大切ですし、ポケットの深いところは抗菌薬で洗浄を行ったり、唾液の少ない高齢者には唾液腺マッサージを行ったりすることも、リスク対策として有効です。
「◯◯さんの場合はここが弱みの部分(リスクが高いところ)なので、しっかりケアしておきますね」と声をかけることで、「自分のことをわかってもらえている」という安心感のもと、短時間でも効果と満足度が高い施術を行うことができるので、ぜひ試してみてくださいね。
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患者さんとのコミュニケーションにおいて、「なぜかうまくいかない」「うまく伝わらない」「話が引き出せない」と頭を悩ませたことがある方、ぜひご視聴ください。