訪問歯科の現場から vol.7 食べられるものが増える喜びを感じたエピソード

みなさん、こんにちは。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科で働きはじめ、6年ほどになります。

訪問歯科の現場では、今までの一般歯科で行っていたやり方がまったく通用しないことがたくさんあります。

前回までの記事はこちら

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード
vol.4 患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード
vol.5 ご家族が患者さんを大切に思う気持ちが伝わるエピソード
vol.6 誤嚥性肺炎について考えさせられたエピソード

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診察する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

嚥下機能訓練ができる患者さん、できない患者さん

私が訪問する患者さんの嚥下状態はさまざまです。家族と同じご飯を食べられる方やとろみ食の方、胃ろうの方などがいらっしゃいます。

この中で、嚥下機能訓練を行うのは「若くして病気で倒れたけれど、今は容態が安定している方」が多いように感じます。

あまり年齢が進むと、無理に食べることはかえって体の負担になることがありますし、寝たきりの方は嚥下よりも生命維持が優先されるからだと考えています。

そのため、私と「こないだこれ食べてさ!」という話をするのは、大体60代前後の「介護が必要ではあるけれど元気」という方が多いです。

食べられるものが増える喜びを感じたエピソード

通常、嚥下機能訓練を行う歯科医師とケアを担当する私が、同じタイミングで患者さんのところに訪れることはありません。そのため、訓練を行う様子は後日患者さんから聞くか、業務の伝達で聞くかになります。

60代男性のAさんは、いつも訓練の様子を話してくれるのですが、私もこの話を聞くのを楽しみにしていました。

訪問したての頃は、何も食べることができなかったAさんですが、訓練を行うことになり、最初はキューブのチョコレートなどからはじめました。それがプリンになり、牛乳でのばしたパンになり……。

キューブのチョコレート

新しいものを食べる度に、Aさんはさらにいろんなものにチャレンジしたくなるようでした。

私はある日、「ここまで頑張ってきて、これがどうしても食べてみたい!と思うものは何ですか?」とたずねました。

するとAさんは、「肉!!」と即答。

私はちょっとそれはむずかしいかなと思いましたが、「それは楽しみですね!」と言い、その後も訓練時の様子を聞いていました。

しかし、私の予想は良い意味で裏切られることになったのです。

Aさんは、一年後には肉を食べられるようになり、お菓子を選べるようにもなりました。つい先日は、なんとキムチを食べたとのこと!

もちろんたくさんは食べられませんし、油断すると誤嚥性肺炎の危険性も高まります。極論、現代の医療の力があれば、人間は食べなくても生きていけます。そのため、「これを食べられた!やったー!」と喜びを共有することに、価値がないと思われる方もいるかもしれません。

一方で、味覚を刺激することによって得られる喜びはやはり大切ですし、それは楽しみや生きがいにも繋がります。

でもAさんを見てて私が思ったことは、「昨日より今日に、今日より明日にできることが増えるって素晴らしい。嬉しいし、すごい。」ということでした。

人のすごさというもの

「食べる」という行為は、何らかの障害がなければ自然に行う行為です。

一見食べることよりも、社会的には何かを成し遂げたとか、誰かの役に立ったとか、良い会社に入ったとか、そちらの方が立派に思えるかもしれません。

しかし、私はAさんを見てすごいと思いますし、Aさんもきっと誇らしく思われていると思います。

人のすごさというのは、「何が」できるようになったかは、あまり関係ないのかもしれません。その人が嬉しくて、輝いて、できることが増えた!と生きる力になるのなら、何を目指しても良いのだと思います。

一生懸命積み重ねれば、何でも、素晴らしくて誇るべきものになるのだと思います。これが私がAさんから学ばせてもらったことです。

***

訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

むずかしく感じることもたくさんありますが、それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

訪問歯科の現場から

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