グリフィス友美のアメリカ歯科界ニュース#07 新しい歯科診療のスタイル「モバイルデンティストリー」って?(前編)

こんにちは、アメリカで歯科衛生士として働いているグリフィス友美です。

みなさんは、「アメリカ×歯科業界」と聞いて何を思い浮かべますか?

最新の情報が飛び交っていそう、歯科医療従事者のレベルが高そう、などさまざまかと思います。

本連載では、みなさんに最新のアメリカの歯科事情をお届けできればと思います。

今回は、アメリカで注目を集めている「モバイルデンティストリー」についてお伝えします。

前回までの記事はこちら

#01 アメリカで普及中!デンタルセラピストとは
#02 アメリカにおける歯科衛生士の魅力とは
#03 アメリカの予防システム「プロフィラキシス(プロフィー)」とは
#04 歯肉炎に対する新たな治療「ジンジバルスケーリング」とは
#05 アメリカにおける睡眠時無呼吸症候群へのアプローチとは(前編)
#06 アメリカにおける睡眠時無呼吸症候群へのアプローチとは(後編)

モバイルデンティストリーって?

アメリカの歯科衛生士は向上心がとても高く、キャリアアップなどのチャンスを達成するために、目標に向かって邁進する強いエネルギーをもっていると感心します。

また、最近では、ダイレクトアクセス(歯科衛生士が歯科医院以外の場所で、歯科医師を必要とせず、限られた患者さんへの診療を行うこと)やデンタルセラピー(歯科衛生士には禁止されているミッドレベルの診療行為を行うこと)などにより、歯科衛生士の業務の幅はどんどん広がりつつあります
(参照:グリフィス友美のアメリカ歯科界ニュース#01 アメリカで普及中!デンタルセラピストとは

そのような状況で、モバイルデンティストリーも注目を集めるようになりました。

モバイルデンティストリーとは、スマホやタブレット、ワイヤレスインフラなどのモバイル機器によってサポートされる、新しい歯科診療のスタイルのことを指します。

口腔内カメラなどの利点を生かし、バーチャルな口腔内検査や治療計画、対話方式での口腔衛生管理などを幅広い人々に提供できるため、アメリカの歯科医療業界のトレンドの一つとして注目を集めています。

州ごとの規制とモバイルデンティストリー

アメリカでは、定められている歯科診療法が州ごとに異なるため、歯科衛生士の資格は州単位でしか許可されません

予防歯科診療の基本的な流れは、アメリカ全域であまり変わりませんが、各州により細かい規制の違いがあります。そのため、アメリカで歯科衛生士として働くには、州の法律をきちんと理解することが必須です。

たとえば、ネバダ州では歯科医師の許可のもと、歯科衛生士が歯科医師不在のオフィスで診療できる場合があります。一方で、ノースカロライナ州では、歯科衛生士が診療を行う際は歯科医師がオフィスにいることが絶対条件となります。

これはほんの一例ですが、たとえばネバダ州で歯科医師不在のオフィスで診療をしていた歯科衛生士が、ノースカロライナ州で同じように診療すると、州法で罰せられてしまうことになります。

このように、アメリカでは歯科医療に関わる法律が州ごとに複雑に定められているものの、モバイルデンティストリーについてはアメリカ全域からの注目を集めています。これは、法律の解釈の仕方によるものであると思われます。

ダイレクトアクセスの格差

アメリカでは他の先進国同様に高齢化の問題が深刻化しつつあり、2050年には国民の21%が65歳以上を占めるという統計が出ています*1

このことを踏まえ、医療や歯科医療の分野ではさまざまな対応が求められています。ADHA(米国歯科衛生士会)は、ダイレクトアクセスのことを「歯科衛生士が、歯科医師の監督がなくても、患者のニーズに基づいた歯科衛生アセスメントにより治療のプランを立て、患者との信頼関係の成立させた上で治療を行うこと」であると定義しています。

2021年以降、アメリカでダイレクトアクセスが可能な州は42州となっています。

ダイレクトアクセスを許可している州の図
歯科衛生士のみで診療が行える州(引用:ADHA公式サイト)

私たち歯科衛生士は、予防歯科のプロとして診療範囲を広げ、多くの人に診療を提供できるように努めてきました。

ADHAも十分な治療を受けられない人々が口腔ケアサービスを受ける機会を増やすため、私たち歯科衛生士によるダイレクトアクセスは必要なことであると述べています。

その一例として、ウィスコンシン州での事例があります。ウィスコンシン州では、歯科衛生士が治療を提供できるダイレクトアクセスの環境を拡大するための新たな法律が可決されました。

これにより、ウィスコンシン州の歯科衛生士は、拘置所から成人デイケアセンター、医療現場まで、さまざまな場所で歯科医師の承認や監督なしに患者を治療できるようになったのです。

しかし現在でも、州によっては、歯科衛生士は歯科医師の監督なしでは限られたことしか行えない場合があります。

これは、歯科診療における生産性の向上や、十分な歯科診療を受けていない人々をケアすることを望む歯科衛生士にとっては不満なことです。

また、歯科衛生士が行うダイレクトアクセスについては、ほとんどの州で以下のような規制や必須条件が設けられています*2

  • 二年間のフルタイムの臨床経験または4,000時間の臨床経験と、公衆衛生歯科に特化した42時間の追加コースワークを完了すること
  • 公衆衛生歯科衛生士として歯科医師会から特別な承認を受けること
  • 歯科衛生士として二年以上の臨床経験
  • 歯科医師との連携協定を結ぶ

口腔ケアはトータルヘルスケアの基本的な要素であり、すべての人々の権利であるというのがADHAの立場です。アメリカでは、医療提供システムにおける格差のため、口腔医療の提供にばらつきがある点が重大な問題となっています。

私たち歯科衛生士は、格差をなくし、すべての人に質の高い口腔ケアを保証するため、重要な役割を果たす必要があると考えています。

モバイルデンティストリーの特徴

モバイルデンティストリーやテレデンティストリーは、各州の規則をもとに、歯科衛生士が可能な範囲で行う診療です。

そのため、歯科衛生士免許のみで働く歯科衛生士が独自で行えるだけでなく、ダイレクトアクセスのように歯科診療法の改正を必要としない点が大きな特徴です。

そういった背景から、昨今ではモバイルデンティストリーに人気が出ているのだと思います。

多くの歯科衛生士は、モバイルデンティストリーのことを、歯科衛生士が診療を直接行うことだと考えていると思います。そして、多くの人がモバイルデンティストリーとダイレクトアクセスという言葉を同じように使っています。

たしかに、モバイルデンティストリーとダイレクトアクセスはとても密接な関係ですが、両者は同一ではなく、実際には別々に規制されています

たとえば、歯科衛生士のダイレクトアクセスを認めていない州でも、モバイルデンティストリーであれば行うことが可能なのです。

「具体的にどのように?」と思うかもしれませんが、モバイルデンティストリーにおいては、歯科衛生士が医療バスなどの中で、歯科医師の監督のもとで歯科診療を行うことにより、法律上は診療が可能になるのです。

モバイルデンティストリーを行う歯科衛生士の監督レベルは、各州の歯科診療法により決定されます。

今回は、モバイルデンティストリーとは何かということから、州ごとの規制や特徴についてお伝えしました。

次回は、モバイルデンティストリーを行う上で押さえておきたいポイントについてお伝えします。

参考文献:
*1 THE NEXT FOUR DECADES The Older Population in the United States: 2010 to 2050
*2 ADHA Direct Access States

グリフィス友美のアメリカ歯科界ニュース

#01 アメリカで普及中!デンタルセラピストとは
#02 アメリカにおける歯科衛生士の魅力とは
#03 アメリカの予防システム「プロフィラキシス(プロフィー)」とは
#04 歯肉炎に対する新たな治療「ジンジバルスケーリング」とは
#05 アメリカにおける睡眠時無呼吸症候群へのアプローチとは(前編)
#06 アメリカにおける睡眠時無呼吸症候群へのアプローチとは(後編)
#07 新しい歯科診療のスタイル「モバイルデンティストリー」って?(前編)