訪問歯科の現場から vol.9 相性や波長が合うと感じた患者さんとのエピソード

みなさん、こんにちは。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科で働きはじめ、6年ほどになります。

訪問歯科の現場では、今までの一般歯科で行っていたやり方がまったく通用しないことがたくさんあります。

前回までの記事はこちら

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード
vol.4 患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード
vol.5 ご家族が患者さんを大切に思う気持ちが伝わるエピソード
vol.6 誤嚥性肺炎について考えさせられたエピソード
vol.7 食べられるものが増える喜びを感じたエピソード
vol.8 口腔から全身の変化を感じたエピソード

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診察する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

自分との相性が良い患者さんへの対応

私は医療人として、どんな時も一定の気持ちで患者さんと接していたいと思っているのですが、どうしてもむずかしい時があります。

それは「患者さんと相性がものすごく合った時」です。

おそらく医療従事者の方々は「わがままな患者さん」や「なかなか気持ちが通じない患者さん」には慣れていると思います。そのため、そういった方に接したからといって、ムッとしたり、傷ついたりすることはありませんよね。

とくに看護士や歯科衛生士など、患者さんに対してケアを含めた対応をする立ち位置ならなおさらです。

しかし不思議なことに、人の心理として「あ、気が合うな」「どうしよう、気持ちわかる」と感じる相手に対しては、プラスの感情を抑えるのがむずかしいようなのです。

そして、それは患者さんにも伝わる気がします。

自分との相性が良い患者さんへの対応

暴言を吐いたり暴れたりするTさん

目が見えない、ほとんど寝たきりのTさんという女性の患者さん。

Tさんのカルテには、「暴言が激しい」「暴れる」などの記載があり、初めて訪問する時は緊張していました。

案の定、私がお願いしてもTさんは口を開けてくれず、初めの数回は無理に口を開いていただいたり、口腔外だけの清掃になったりしていました。

Tさんのケアには旦那さんも立ち会ってくれるのですが、数回目の訪問時、私は旦那さんの声色がとても優しくゆっくりなことに気づきました。そして、部屋にはいつも童謡のようなラジオが流れていました。

もしかして、ある一定の速度以上だと聞き取れなくて怖いのかもしれない

そう思った私は、不自然でない程度にゆっくり話してみることにしました。

「目が見えないから耳自体はものすごく良いけれど、倒れた時の脳の後遺症で、話の内容を拾うのに時間がかるのでは?」と考えたのです。

この考えは当たり、Tさんはその日から一切暴言を吐いたり暴れたりしなくなりました。

ついには「ありがとう」「お疲れさま」の言葉までかけてくれるようになったのです!

暴言を吐いたり暴れたりする患者さんとのエピソード

楽器を弾いていた人ならではの特徴?

Tさんの旦那さんは、「ヘルパーさんの時は暴れて大変なのに、なんでこんなに静かにしているんでしょうね。娘に似ているのかな。波長が合うのかな。」と感心してくれました。

しかし私は「旦那さんの対応を見て、どう話したらいいか気づきました」とは言えず、「良かったです!」とだけ返事をしました。

その後旦那さんから、Tさんは「若い頃、弦楽器を弾いていた」と聞いて非常に納得しました。私も学生時代楽器を弾いていたせいか、音や人の声などから必要以上に感情を拾ってしまい、苦労したことがあるからです。

本当にその瞬間、立場はまったく違うのに「わかる!わかるよ〜!」と心の底から思いました。

一定以上の早口の指示は、Tさんの中では、「内容はよくわからないけど急かされている」といった、嫌な感情の奔流に聞こえてしまっていたのでしょう。それが理由で、暴言を吐いたり暴れたりしていたのではないかと思います。

「波長」なんて非現実的かもしれませんが、「うん、やっぱり波長も合いそう!」と、いまでは訪問する度に楽しくケアをしています。

***

訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

むずかしく感じることもたくさんありますが、それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

訪問歯科の現場から

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード
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vol.5 ご家族が患者さんを大切に思う気持ちが伝わるエピソード
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vol.7 食べられるものが増える喜びを感じたエピソード
vol.8 口腔から全身の変化を感じたエピソード
vol.9 相性や波長が合うと感じた患者さんとのエピソード