訪問歯科の現場から vol.10 歯科医療従事者におびえる患者さんとのエピソード

みなさん、こんにちは。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科で働きはじめ、6年ほどになります。

訪問歯科の現場では、今までの一般歯科で行っていたやり方がまったく通用しないことがたくさんあります。

前回までの記事はこちら

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード
vol.4 患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード
vol.5 ご家族が患者さんを大切に思う気持ちが伝わるエピソード
vol.6 誤嚥性肺炎について考えさせられたエピソード
vol.7 食べられるものが増える喜びを感じたエピソード
vol.8 口腔から全身の変化を感じたエピソード
vol.9 相性や波長が合うと感じた患者さんとのエピソード

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診察する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

歯科医療従事者におびえる患者さん

歯科の白衣は患者さんにとって「怖いもの」であることが多く、歯科のチームが家にお邪魔しただけで取り乱してしまう方がいらっしゃいます。

また、時には歯科衛生士や歯科助手を、歯科医師と間違える患者さんもいて、私たちを「歯科医師=権威のある人」のように考える方もいるようです。高齢の方は若年者に比べて、上下関係のはっきりした人間関係の中で生きてきた方が多いのでなおさらかもしれません。

そして明らかに歯科に対するおびえではなく、そのような過去を感じさせる怖がり方をする方もいます。

歯科医療従事者におびえる患者さんとのエピソード

後悔の念を吐露するAさん

そういった心理的背景がなんとなく想像できる方は多いのですが、その中でも特に切ないのが、「とにかく謝罪を繰り返す患者さん」です。

誤嚥性肺炎で体力を失い、ベッドからしばらく起き上がれなくなったAさんは、100歳近い年齢の方。ある日私が訪問すると、突然泣きながら謝ってきたのです。

私が「大丈夫ですよ」「気にしなくていいですよ」と声をかけても、なかなか気持ちを通じ合わせられず、口腔清掃もはかどらないので「どうしたものか…」と悩んでしまいました。

Aさんの100年の人生の中では、自分が深く傷つくだけではなく、誰かを深く傷つけたことだってあるかもしれません。それだけ長く生きていれば、取り返しのつかないような間違いをすることだってきっとあります。

体が動かなくなって弱気になったところで、それらのことを一気に思い出したのでしょう。

だから私が「あなたは何も悪いことをしてませんよ」や、「その方は許していると思いますよ」と言っても嘘になってしまうし、心の通わないごまかしになってしまいます。

2回ほど訪問してその状態が続いている中、私はとにかくAさんのその気持ちをいったん中断するお手伝いだけをしようと考えました。

次に訪問した時は、とても天気のいい夕暮れだったので、泣きながら謝るAさんに、「悲しいことがあったのだと思いますが、今はもうここにはないんですよ。だから大丈夫です。それから、今日は外がこんなにきれいなんですよ!」と言ってレースのカーテンを開けてみました。

Aさんはちょっとびっくりした後、「……ありがとう。」とおっしゃいました。その後は、ずっと外を眺めていました。

「想いが伝わった!」と私は本当にうれしく思いました。

その日は、とても落ち着いて清掃ができ、私はまた次回の訪問が楽しみになりました。

後悔の念を吐露するAさん

長年生きてきた重みに敬意を払って接する

訪問歯科を受ける際に、錯乱したり、恐怖心をもったりする患者さんは多くいますが、そういった状況でも、人の気持ちには敏感な方が多いものです。

そのため、嘘やごまかしはきかず、すぐに伝わってしまいます。

真意を伝えるためには、言い方やタイミングなどの工夫が必要です。それができると、次回からの訪問が楽になることも多いです。

患者さんの生きて来た重みに敬意を払って、これからも訪問歯科を続けられたらいいなと思っています。

長年生きてきた重みに敬意を払って接する

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訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

むずかしく感じることもたくさんありますが、それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

訪問歯科の現場から

vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード
vol.2 施設に入居している患者さんならではのエピソード
vol.3 歌によるコミュニケーションの重要性を学んだエピソード
vol.4 患者さんとの距離感について考えさせられたエピソード
vol.5 ご家族が患者さんを大切に思う気持ちが伝わるエピソード
vol.6 誤嚥性肺炎について考えさせられたエピソード
vol.7 食べられるものが増える喜びを感じたエピソード
vol.8 口腔から全身の変化を感じたエピソード
vol.9 相性や波長が合うと感じた患者さんとのエピソード
vol.10 歯科医療従事者におびえる患者さんとのエピソード